自己主張と多少の迎合

安寧を貪るジジイ的社会人2年目の、前を向くための日報

旅行会社の気持ちとおれの気持ち

4月後半から5月まではなんにもやる気が出ないただのジジイの人形だった。

そこにいるだけ。

死にたいとも思わないし死ぬ理由も全く心当たりないけど、仮に死んでも裁判は起こさないレベル。

生まれて初めての気持ち。我ここに在らず、どこにも在らず、いや始めからなにも在らず。

 

6月後半、徐々に回復してきた。

いまはやっぱり生きたいし、勝手に殺されたら猛反発するだろう。

 

でもまだなにか、モヤっとしてグニャッとした半透明の大きな布のようなものが頭上を常に覆っていて視界がぼやけている。

進みたいのにそれが絡み付いて、もがけども進めず。

自分の熱がその布の内側に閉じこもって、だんだんと蒸し暑くなってきてイライラして。世の中の一挙手一投足に腹が立って、出れないのにベールの中で散々に暴れて触れるもの傷付けて。

 

この気持ちはなんだろう。

 

 

 

もしかしたら今までの商売モデルから抜け出せない旅行会社のもどかしさに似ているかもしれない。

 

hanjohanjo.jp

我が国の旅行業界はこれまで、団体受け入れのオペレーションに耐えうる大型旅館や、キックバック(リベート)を提供してくれる土産店などを組み込み、手軽さと低価格を訴求するパッケージツアーが主流であった。 

 

「個人旅行化が進むなら、街の旅行会社の店頭で、個人客のニーズをスタッフが聞き取りながら旅行を組み立てればいいではないか?」と感じる方も多いだろう。だが、ほとんどの旅行会社のオペレーション、スタッフ教育、基幹(IT)システムは、パッケージツアーの販売を前提としている。

 

本来ならば旅行会社は、国内のお客様には「代理店」として、海外のお客様には「オペレーター」として、そこにある要望を如実に叶える仕事がある。

しかし「契約のある」「予約しやすい」施設を「おすすめ」しているのが現状だ。

手数料を取らなくてすむか、施設は自分たちに好意的か、見知ったところか。

需要に、ではなく持っているもの(パッケージ)で応えるから、微妙に話しが合わない。

 

多様化するニーズに答える懐の深さと余裕がほしいところだが、それがない。

 

ツアーが細分化され多数の小規模事業者が生まれれば、サイト側ではそれらと網羅的に送客契約を結ぶことは困難になる。訪日客向けには、首都圏(都内周遊や箱根日帰りなど)を中心にJTBグループ「サンライズツアーズ」が好調な様子だが、それに対抗するプレーヤーは少なく全国的な広がりに欠ける。

 

ほんとうは旅行会社は、既存の関係と契約に頼っている場合ではないのだろう。

需要があるなら手配をする。需要が大きいなら契約を結ぶ。需要が多様化するなら応える。

間に入って面倒なやり取りを交わし、散々とした小規模事業者を網羅し、整理する。

利便性と快適さを提供する。

たぶんそうすべきだ。

 

そしてそうできる力を持っている。けど、しない。

もしかしたらやりたくてもがいているのに、うまくいかないのかもしれない。

 

そんなもどかしい気持ち。

 

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