『人斬り以蔵』を読んで / たぶん、癒しを求めて風雲の時代を彷徨う
司馬遼太郎の短編集。
有名無名の人物に関する物語が8つ収録されている。
5つが幕末で3つが戦国時代の話しである。
おもしろいのは、どの御仁も物語の大舞台に立ち続けた主役級ではなく、
不遇であるが、しかしある一時にその生命の最も輝ける瞬間を持ったということだ。
その輝ける瞬間というのは大河ドラマなどで人に周知されるところであるが、
以下の通り、ここではその前後の話しを読むことができる。
1.『人斬り以蔵』
表題である『人斬り以蔵』では、土佐藩士の岡田以蔵が物語れる。
大河ドラマ『龍馬伝』でも龍馬や武市半平太とともに丁寧に描かれていた。
というか、佐藤健の岡田以蔵がまんま小説の通りで、読みながら鮮明に思い出された。
学がなく身分も低いことを卑屈に感じ、ただひたすらに武市に仕えて、
犬のように従順に殺戮を繰り返した人生と、最期の足掻きの話し。
2.『言い触らし団右衛門』
主人公の塙団右衛門は大河ドラマ『真田丸』の大坂冬の陣・夏の陣で知った。
その時は、なんだこいつ合戦時に自分の名前ばらまいて!幸村に協力しろ!!
と思っていたが、
そこに行きつくまでの物語を知っていたらそうも言えなかっただろう。
父も名字もわからない身分から、著名な名を名乗ったり、加藤嘉明の軍に少し帯同して「元」加藤家を名乗ったり、
とにかくあらゆる手段で名を吹聴して売り歩きいて出世を目指したひと。
名を残す。それが最期までずっと貫かれていた。
3.『売ろう物語』
この主人公の後藤又兵衛も『真田丸』の大阪の陣で幸村と共に、5人衆の一人として戦った。
そして『軍師勘兵衛』では黒田勘兵衛に引き取られた幼少の頃から描かれ、
勘兵衛の子、長政との関係も知れる。
又兵衛は拾われ子であり一度は黒田家を出ながらも、その純粋な武力や統率力のみで大名格にまで上がる。
4.『割って、城を』
今までとは違い、『へうげもの』で織部の生涯を、『割って、城を』でその面白き最期を読める。
戦国時代を飄々と生きた、全く異種のツヨさを魅せる茶人の話し。
どの時代にも主役はいて、その人生中の劇的な展開に憧れる。
逆に言えば、人生中に明らかで煌びやかな進展がある者がその時代を引っ張る。
引っ張った功績によって改めて注目され、またその刺激性に魅力を感じる。
よくわかる。
でも、起伏に富んだ英雄譚は諸刃の剣だ。
刺激も受ければ、無力感も与える。
能動性も生めば、受動性も生む。
みんながみんな、時代の英雄にはなれない。
人生はもっと地味で、暗くてジメジメしていて、這って這って生きて、
それで最期は、妥協込みでも納得のいく総括を終えられたらいいのだと。
そういう救いみたいなのを、
時代の脇役ながらも確実に輝いた人たちの生き様に見たいのだと思う。
地味でジメって這って生活するなんて地でいっていた戦国時代の風雲児には、特に励まされる。
そうやって、日々の癒しを求めながら、きょうもまた風雲の時代を彷徨うのだろう。
必要なのは前に進むための刺激ばかりではない。
諦めにも似た、開き直りへと一歩退くことへの癒しも、だ。