キャパンのネゴト

うまく働けない欠陥労働者が日々考えることと目指すもの

2017年をまとめる

今年は2017年。93年生まれで24歳の私は、本厄の年。

年の始めにこれを知った時は、厄年なんて糞食らえだと、言った。

会社近くの小網神社に、昼休み、お賽銭も持たずに参拝だけした。

 

 

すると、祟った。

 

 

としか言いようがない。

もう全面的にこの「厄」というもののせいにしたい。

そのくらい残念な一年であった。

 

 

 

 

このブログではもう何度も書いている。

年の前半、6月頃までずっと「ザ・無気力!まるで死人」であった。

そもそもこのブログ自体がその克服のためにはじまった。

 

結局、この症状はイマも治ることはなく、後ろ向きではないものの、

しかし前向きに歩みを進めることは、最後までなかった。

 

なにも産まない。なにも変わらない。なにも進歩がない。

こんな一年は、この世に生を受けて以来の24年間、初めてであろう。

現状維持は緩やかな後退。0地点を行ったり来たり。老体に鞭打てず、死人に口無し。

 

 

 

 

そんな中での唯一の救いは、近くにいてくれる人がいたことだろう。

一緒に酒を呑み、グチをいい、サッカーを観ては旅行をし、目標を語れる人。

私は一年間、ずっと助けてもらっていた。

ある時は、生きる目的ですらあった。

そのためにがんばったこともたくさんあった。

本当に救われていた。

 

 

 

だけど、もちろん、いつまでもそんなことは言ってられない。

 

 

 

寒くなってからはどこにも出かけていない。

その代わり、本を読んだ。週2冊以上読んだ。

アウトプットも必要だろうと思い、できるものはこのブログにも残した。

 

ちょっとずつ準備をしてきた。

来年はようやく環境が変わる。

 

試練に屈し、長いため息を吐き、弱さと甘さが露呈し、

そして肩を支えてもらい続けた一年間。

 

日々のルーティンの前になす術無く、

こんなはずではと思いながらもずるずると生き、

せめてもの這々の体で下準備をしてきた一年間。

 

 

 

こういう類の苦しさは、出来れば二度と御免蒙りたい。

 

しかしまあ、長い目で見れば必要な一年間。

と、そうなればいいな。が総括。