自己主張と多少の迎合

安寧を貪るジジイ的社会人2年目の、前を向くための日報

おれのはなし、みんなのはなし

今週は定休の水曜日以外は毎日、ジムに通った。

筋トレとか水泳とかしている時間はただキツくて、

なにも考えられなくて、それがいい。

 

良いことも悪いことも高尚なことも下衆なことも、

気が付くと取り留めもなくだらーと考えてしまうクセがあるから、

ただ負荷がかかっている、定期的な空白の時間を持てたのがとてもよかった。

 

 

 

きょうの『ひよっこ』は、みねこたちが働いている工場が閉鎖される回だった。

 

www.nhk.or.jp

 

感慨に浸る工場の乙女労働者たちをみてみねこは、

「わたしの報告に出てきたのはわたしの身の回りの人たちばかりでしたけど、

ここにいる人たちにもみんなそれぞれ、物語があるのです。

東京には、そんな物語がたくさんあるのです。」と感想を述べる。

 

昨日の、『国取り物語』を始めとする個性的なひとの物語のおもしろさにも通ずるのだけれど、

おれはこの、「人の物語」を聞くのが大好き。

 

だから、みねこの言いたいことはよくわかる。

自分の周りだけでもおもしろいのに、みんなが、それを持っているわけだもの。

それだけでワクワクする。

 

個性的であればあるほどおもしろく、

なんでなんでと聞きたくなる。

そうだよね、かすみん。いや、みねこ。

 

 

 

だからおれは、自分の物語を晒すことにしている。

聞かれたらなんでも答えるし、

今週は定休の水曜日以外は毎日、ジムに通った。

筋トレとか水泳とかしている時間はただキツくて、

なにも考えられなくて、それがいい。

なんて、他の人にとったらクソどうでもいいことも書いて、公開する。

 

 

みんなが人生をあけっぴろげにしたらどんなに楽しいことか。

 

みんながその個性的な人生の物語で、他の人を楽しませたり悲しませたり、

勇気づけたり時には落ち込ませられたら、この上ないエンターテイメントだ。

 

 

おれの人生の物語で誰かの感情を動かせたら、それだけで万々歳だとおもう。